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京都地方裁判所 平成3年(ワ)2003号 判決 1992年12月04日

原告

森健治

右訴訟代理人弁護士

武田忠嗣

被告

公成建設株式会社

右代表者代表取締役

絹川治

右訴訟代理人弁護士

坂本正寿

森田雅之

黒田充治

主文

一  被告は、原告に対し、金一三九万七八八〇円及びこれに対する平成三年一〇月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その四を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金三二九万五七六〇円及びこれに対する平成三年一〇月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  請負契約

被告は、昭和六三年五月一四日、原告から左記のとおり、賃貸マンションの新築工事の注文を受けてこれを請け負い、平成元年二月二八日にその工事を完了し、原告に対し本件建物を引渡した。原告は、平成元年三月一日から本件建物の各部屋の賃貸を開始した。

工事場所 京都市伏見区深草東軸町八番地

建築物 右土地上のヴィーヴル藤ノ森という名称の五階建共同住宅(以下「本件建物」という)

工期着手 昭和六三年五月二〇日

完成 昭和六四年一月三一日

請負代金 二億二〇〇〇万円(但し、後日二億一六六〇万円に変更)

2  被告の行った汚水管の施工

本件建物は、五階建で各階八戸に区分された計四〇戸からなるマンションである。その汚水管設備の構造は次のとおりである。すなわち、まず、各階二戸の汚水管(便器と接続)が水平方向に配管されて一本の横引管にまとめられ、次に、その横引管の二本(四戸分)を左右から合流する箇所(以下、この部分を単に「合流箇所」という)で一本の立ち下がり管(水道方向の配管)に接続されるのである(各室の台所や浴室に接続する雑排水管設備も右と同様の構造を有する)。

被告が施工した汚水管設備にあたっては、合流地点の二本の横引管がT字型の継ぎ手が用いられ、別紙略図1のように、T字型に配管されている(以下、このような管の接続工事を「本件施工)という)。

3  工事の瑕疵

当初の設計では、接続する二本の横引管と一本の立ち下がり管は、別紙略図2のように、Y字型になることになっていたのだが、被告はこれと異なる工事をした。

本件施工は、一方の横引管を流れてきた汚水が合流箇所で直ちに立ち下がり管に流入せずに他方の横引管に逆流し、汚物がそこに残留したり、あるいは、双方の横引管を流れてきた汚水が衝突することにより汚物がそこに残留し、これが堆積して詰まりを起こすという欠陥を有するものであった。したがって、本件施工による合流箇所の状態は、民法六三四条一項にいう仕事の目的物の瑕疵ある状態というべきである。

4  損害の発生及び数額<省略>

二  請求原因に対する認否

請求原因1及び2の各事実は認め、同3の事実は否認し、<省略>。

三  抗弁(注文者の指図)

1  原告は、本件建物全体の設計及び工事の管理を訴外株式会社若城建築事務所(以下、「若城事務所」という)に委託していた。

2  若城事務所の設計によれば、合流箇所の当初の施工案図は確かにY字型の接続方法とされていた。しかし、その方法では、汚水、排水管設備が天井内部に収まらないため、昭和六三年九月八日、若城事務所、被告及び被告から配管工事を下請けした訴外太平設備株式会社(以下、「太平設備」という)の協議の結果、本件施工により合流箇所の接続工事をすることにした。被告や太平設備は、本件施工に疑問を投げかけたが、結局は、若城事務所の命令により本件施工を行ったものである。これは、注文者の代理人であり、かつ、専門的知識を有する若城事務所の指図によるものであるから、被告は、本件施工についての担保責任を負わない。

四  抗弁に対する認否

抗弁1の事実は認めるが、同2は否認する。配管工事については、若城事務所よりも施工業者である被告や太平設備の方が専門的知識・経験を有しているのであり、配管工事の手法に詳しくない若城事務所が、被告や太平設備が疑問に思うような施工を強要するはずがない。

仮に、若城事務所が本件施工を了解していたとしても、なお、被告は、請負業者として、汚水・排水管が詰まったり逆流することのないように施工する責任を負っているのであり、本件施工が欠陥であるとすれば、請負人の担保責任を免れないのである。

第三  証拠<省略>

理由

第一本件施工に至る経過等について

一請求原因1の事実(請負契約の存在)、同2の事実(本件建物の汚水管設備の構造及び被告が合流箇所に本件施工を行ったこと)及び抗弁1の事実(原告と若城事務所との間の本件建物についての設計・管理契約の存在)は当事者間に争いがなく、これらの事実及び<書証番号略>、証人若城光柾、中野二三雄及び小田章博の証人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば以下の事実が認められる。

1  本件建物新築工事を請け負った被告は、全体工事のうち給排水管設備やガス・空調設備の施工を、若城事務所から紹介のあった太平設備に下請けさせた。

2  本件建物の建築工事に関しては、工程に則して一、二週間の割合で、若城事務所と被告の間で工事打ち合わせ会議を開き、その際には質疑書を作成して建築工事に伴う問題点を解決していた。そして、昭和六三年九月八日の給排水設備工事の打ち合わせにおいて、太平設備から若城事務所に対し、横引配管の点について、汚水、排水管の通る天井の厚みが設計上足りないために太平設備が当初に起案した施工図<書証番号略>のとおりには、到底施工できないことが問題として提起された。

3  そこで、三者協議の結果、管の通る天井の厚みを二センチメートル程度増すこと、汚水、排水管勾配は、当初予定の一〇〇分の一から二〇〇分の一程度と変更すること、合流箇所で右施工図<書証番号略>のような別紙略図2のY字型の接続をすると横引管の距離が長くなるので、これを本件施工のようなT字型のものとすることが決定された。

太平設備の担当者の小田は、雑排水管ならともかく、汚水の横引管の接続にT字型の継ぎ手を用いることは珍しいことなので疑問を感じていたが、特に後日支障が生じるとも考えず、右協議結果に異議を差し挾むことはなかった。また、被告の担当者の高谷や若城事務所の代表者も、T字型の継ぎ手に特段の不都合があるとは考えずに右の協議をした。

以上のような経過で、被告の下請けの太平設備は、若城事務所の了解の下、本件施工を行った。

4  ところが、原告が賃借人に本件建物の賃貸を開始した直後から、賃借人の便器の汚水が詰まったり逆流するという事故が相次いだ。太平設備は、施工業者として当初の苦情に対応していたのだが、暫らくしてからは、被告も太平設備も、本件施工は若城事務所の指示の通り施工したのであり、右のような事故の責任はないとして補修に応じなくなった。そのため原告は、自己の費用で賃借人の苦情を解消するため通管作業や清掃という応急処置をし、少なくとも六万六二六〇円の出捐を余儀なくされた。

5  右のような事故は平成二年や平成三年になっても頻繁に生じたので、若城事務所が汚水管設備の調査をしたところ、横引管から立ち下がり管に対して汚水がスムーズに流れ込まず、合流箇所のT字型の継ぎ手の付近に汚物が残留し、堆積し易くなっていることが判明した。

6  原告としては、応急処置では足りず、横引管の付け替えという抜本的是正工事をする必要が生じたことから、平成三年三月八日、被告に対し、内容証明郵便で是正工事を要求した。ところが、被告は平成三年四月、原告に対し、原告の注文・設計に基づいて工事を完了している以上、原告の請求には応じられない旨回答した。

そこで、原告は、訴外株式会社角三建設に汚水管の横引管の付け替え工事をさせ、そのために二七二万九五〇〇円の費用を要した。その後、汚水が詰まったり逆流するという事故はなくなっている。

7  訴外株式会社角三建設が行った右是正工事の結果、横引管の合流地点の継ぎ手の形状はY字型になっているが、それは当初の施工図(<書証番号略>)とかなり異なったものである。

また、本件施工は相当厚みのある石綿二層管で行われているが、右是正工事に際しては、塩ビ管が用いられている。さらに、右是正工事を行った際には、天井の化粧板を留め下げる金属性の補強金具(野縁受け)もかなり切断されている。

なお、汚水管の本件施工と同様のT字型の雑排水管の継ぎ手は、是正工事が行われず、従来通り使用されている。

第二被告の担保責任について

一さて、右認定事実によれば、本件施工は、そのT字型の継ぎ手付近に汚物が残留し易い構造になっているというべきであり、汚水管設備に社会通念上要求される品質・性状を有しないことが明らかであるから、瑕疵のある工事である。そして、T字型の継ぎ手が汚水の横引管の合流箇所に用いられることは稀だというのであるから、この継ぎ手が配管部分の選択として適切ではなかったというべきである。また、横引管の勾配が一〇〇分の一からより緩やかな約二〇〇分の一に変更されたことも、この継ぎ手付近に汚物が残留し易くなる一因であったといわなければならない。

二なお、被告は、本件施工は注文者たる原告のために本件建物新築工事を管理していた若城事務所の「指図」に基づくものであるから、民法六三六条本文により、被告には担保責任がないと主張するので、次にこの点につき判断する。

まず、建築工事請負人は、有償契約の一方当事者であり、かつ専門的知識・経験を有するものとして専門的技能を十分に駆使して仕事を遂行することが期待されている。従って、工事請負人が、工事に関する注文者の指図に従って工事をすれば、その指図の当不当を吟味しなくとも、常に担保責任を免れると容易に理解することはできない。そうであるとすれば、工事請負人の担保責任を免除するような注文者の「指図」とは、注文者の十分な知識や調査結果に基づいて行なわれた指示、あるいはその当時の工事の状況から判断して事実上の強い拘束力を有する指示などであると制限的に理解しなければならない。

三そこで、本件について、注文者たる原告のために工事を管理していた若城事務所が、右にいう「指図」という意味で、本件施工を指示したといえるか否かについて判断するに、確かに、本件施工は、若城事務所の設計による天井の厚みが十分でなかったことに起因しているうえ、若城事務所が本件施工を承認していたという点は前記のとおりである。

しかし、若城事務所が積極的に本件施工を指示したとまで認定することはできない。証人小田章博は、このような積極的な指示があった旨証言するが、その旨の記載のある質疑書や若城事務所が承認した変更後の施工図などは証拠として提出されていない(被告や太平設備がこれら書類を当初から保管していないとか、新築直後から汚水管の苦情があったにもかかわらず、これらを紛失したなどとは容易に認定し難い)本件においては、軽々に右証言を採用することが困難であり、結局のところ、若城事務所、被告及び太平設備の三者協議により、本件施工が決定されたとしか認定することができないというべきである。

しかも、被告は、配管工事だけを個別に受注したわけではなく、本件建物全体の新築を請け負った大手の建設業者であって、具体的な工事の施工に関してはある程度の発言権があると考えられること、若城事務所が建築全般に関して専門的知識を有するとはいえ、給排水設備の施工に関しては建築請負業者たる被告(及びその下請けの太平設備)の専門的知識・経験が勝っていると考えられることに照らせば、若城事務所の意向が常に絶対的・拘束的であったとまで認めることもできない。

したがって、若城事務所が本件施工に賛同しこれを承諾していたとしても、本件施工が注文者の「指図」基づくものとすることはできず、被告は、瑕疵ある本件施工につき、担保責任を負うものといわなければならない。

四もっとも、若城事務所が本件建物の天井の厚さに余裕を持たせる設計をするか、天井の厚さに余裕がないのであれば、横引管が短くなるよう立ち下がり管の本数を増やすような設計をしていれば、本件施工に至ることはなかったのであり、本件施工をせざるをえなかった根本的原因は、本件建物の設計(換言すれば、注文者の設計思想)それ自体に存する。そして、設計まで含めて本件建物の建築を請け負ったのでない被告に対し、専門家の行なった設計の不備の責任まで負わせることはできないから、民法六三六条の法意にかんがみ、同法四一八条の過失相殺の規定を準用して、本件施工による損害の五割を減額すべきである。

第三結論<省略>

(裁判官橋詰均)

(別紙)

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